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サバゲーを大切にしないやつはマフィアじゃない

サバゲーを愛して止まない、あるマフィアのお話。その他エアガン、カスタム、映画、小説、雑談、お仕事、いろいろ書きます。

日本人でもよく分かる、イタリアンマフィアの歴史③

 親愛なる読者様、Buon giorno

馬並みマフィア、ヴィスコです。

マフィアの歴史、と言いながら時系列を上手く追えないことでブイブイ言わしている今シリーズ。何度も言うように、その秘匿性からマフィアに関する情報が少ないため必然的にぶつ切りのようになってしまうんですね。ご容赦ください。

では、続きをどうぞ。

 はじめに

マフィアを世界的に有名な犯罪組織にしたのは、間違いなく禁酒法(ボルステット法)です。アメリカ政府が酒造、酒類の販売を禁止し国内の生産効率を上げようと画策した法律が、結果的に犯罪の温床となってしまったのはご存知の通りでしょう。その時代にアメリカを暗闇へと引きづり込んだマフィアですが、少しおかしいと思いませんか?

イタリアを土壌とするマフィアがなぜ、アメリカでその悪名を轟かせるようになったのか。今日はその経緯について、前半部分をお話しいたします。

 

移民したイタリア人の実情

(*`ε´*) 一攫千金を夢見てアメリカへ移住してきたイタリア人。貧乏。

( ´_ゝ`) アイリッシュ系の移民。イタリア人を小馬鹿にしている。

(,,#゚Д゚) アメリカにおけるイタリア系ギャング「ファイブ・ポインツ・ギャング」の構成員。

 

19世紀。アメリカは多民族国家として知られていますが、最も流入が多かったのは1850年代でしょう。カリフォルニア・ゴールドラッシュに端を発し、金塊を夢見た中国・ヨーロッパ・ラテンアメリカ系移民が爆発的に増えました。

ヨーロッパ組の中にはイタリア人も含まれていましたが、他の人種と比べ後発となってしまいアメリカでの暮らしは決して裕福ではありませんでした。仕事は少なく、賃金も安い不当な扱いが続いた「闇の時代」と言っていいでしょう。

 

(*`ε´*) 「すいません、仕事を探しているんですが・・・何かありませんか」

( ´_ゝ`)「はいはい仕事ね。ちょうど人手が足りなくて工場の生産が間に合ってないんだよ。って、あんたイタリア人だろ?ダメダメ。うちはアイリッシュ系の企業なんだ」

(*`ε´*) 「そこを何とか。給料も安くて構わないんで」

( ´_ゝ`)「そこまで言うなら仕事をやろう。この会社で一番キツイ部署に配属だ。給料は月○○ドルね」

(*`ε´*) 「え、安っ」

( ´_ゝ`)「何か言った?それとも英語に不慣れで、うまく喋れないのか?これだからパスタ野郎は」

(*`ε´*) 「いえ、じゃあ今日は失礼します。また明日来ます」

( ´_ゝ`)「チッ」

 

他のヨーロッパ系移民に出遅れたイタリア人を待っていたのは、過酷な労働環境でした。不慣れな土地、不慣れな言語、不慣れな文化。何とかアメリカに馴染もうとするも、先に地盤を作っているアイルランド人やドイツ人たちの社会へ入り込む隙間はなかったのです。

イタリア人たちは自分たちのアイデンティティを守ろうと、同族によるコミュニティを作りました。リトル・イタリーと呼ばれる人民街を作り、結束した彼らは細々とアメリカで暮らします。

 

(*`ε´*) 「イタリア人がいない職場ってのは、いつまで経っても慣れないもんだな。家族を呼ぼうにも、今の稼ぎじゃ養うことすら難しい。いや、今頃俺を見限って他の男の元へ行っているかもしれないな。ん?社長何してんだ」

 

( ´_ゝ`)「これはこれは、どうも。まさかボス自ら視察なさるとは。ささ、汚い工場ですが」

「おう、景気が良さそうだな。安心したぜ。今月もきっちり収めてくれよ。そうすりゃ俺のコネでいくらでも仕事を回してやる」

( ´_ゝ`)「よっ!さすがボス!」

「ガッハッハッハッハ!・・・ん?おい、どういうことだ」

( ´_ゝ`)「は?どういう事と言いますと?」

「何でイタリア野郎がここにいるんだ!俺は今イタリア人に死ぬほどムカついてんだ!あいつら人の商売を邪魔しやがって。クビにしろクビに!」

( ´_ゝ`)「は、ハイィィイ!というわけで、お前クビだー!二度と顔見せんな!」

(*`ε´*) 「えー・・・わかりました。アッディーオ」

 

アメリカに渡った移民の中には、ならず者も多くいました。ビジネスの臭いを嗅ぎつけたギャング達もこぞって移住したのです。アイリッシュ系ギャングやユダヤ系ギャング達が凌ぎを削り、ヨーロッパ移民の多いニューヨークは殊更に過激でした。

一方、イタリアン・マフィアは少し事情が違います。あくまで故郷にこだわり、ほとんど進出しません。本国からアメリカへ旅立った者を軽蔑し、確執を生むこともありました。しかし、かつてのシチリアで農民たちが蜂起したように、仕事にあぶれたアメリカ系イタリア人のうち闇社会で成り上がろうとした者もいます。そうしてアメリカでは独自のイタリアンマフィアが形成されていきました。かのアル・カポネやラッキー・ルチアーノもその中の一人です。詳しくは後日。

 

(*`ε´*) 「仕事もない、帰るにも帰れない。はー、どうしたもんか」

(,,#゚Д゚) 「シケたツラしてんな、兄ちゃん。リトルイタリー1の不幸者って顔してるぜ」

(*`ε´*) 「放っといてくれよ。俺は今忙しいんだ」

(,,#゚Д゚) 「へ、とてもそうは見えねえぜ。どうだ、仕事が欲しいならアテがあるぜ」

(*`ε´*) 「仕事!仕事があるのか?くれ、是非くれ!何でもやる!」

(,,#゚Д゚) 「威勢がいいこった。じゃあ紹介してやる、俺たちファイブ・ポインツ・ギャングの仕事をな」

 

ファイブ・ポインツ・ギャング(FPG)。後にシカゴで名を轟かせるアル・カポネが登場する以前にニューヨークで発足したギャング団です。カポネが少年の頃慕っていたフランキー・イェールもFPGの下部組織に所属していたこともあり、アル・カポネの人生を決定付けた組織と言ってもいいでしょう。

アメリカにはシチリアの本流を組むマフィアと、アメリカで発足したギャングが混在していました。このあたりがマフィアの歴史でも複雑で、古式ゆかしい本家とアウトフィットギャングの立ち位置がよくわかっていません。ただ一つ言えることは、あまり仲は良くなかったということ。特にシチリアマフィアは彼らをマフィアとして認めず、毛嫌いしていたようです。

しかし、ある事件を発端にイタリア系マフィアはイタリア系ギャングに頼らざるをえなくなります。その前に禁酒法時代について触れなければいけませんね。続く・・・。

 

まとめ

日本でも俄かに語られ始めている移民政策。歴史的観点からも、私はあまり賛成ではありません。移民したイタリア人たちがアメリカにもたらしたもの。それを理解していれば、そんな政策を打ち出そうとは到底思えないはずです。

誤解しないでいただきたいのですが、何もイタリア人を悪だと言うつもりは毛頭ありません。イタリア人がアメリカで受けた仕打ちにより、自分たちを守るコミュニティを作り、いつしか強大な力を持ったギャングを生み出してしまったのは結果の話です。

もしイタリアが移民の後発組でなければ、歴史も大きく変わっていたと思います。日本人がその立ち位置にいたっておかしくないわけです。歴史とは往々にして偶然の産物でしかありません。

Ciao!